昨日、新しく人名漢字に追加される漢字の案が発表されていましたね。
今日新聞に載っていたので、ささっと目を通してみました。

疑問です。

何で、どう考えたって不適切としか思えない漢字を入れているんでしょうか。
いくら案だからって、何を考えて選択したんでしょうか。
「屍」とか「糞」とか。「蚤」っていうのもありましたし、他にもちょっとと思う漢字がありました。それはどーなの? って思うのが半分近くはあったんじゃなかろうか。
使用頻度が高いからって入れりゃあいいってもんじゃないでしょうに。
それを選んだ人たちは、自分の子どもにそんな漢字を入れた名前を付けたいと思うんでしょうか。
お役所はお役所なりの仕事のやり方があるのかもしれませんが、納得できない。

一方で、「へー、まだこの漢字、人名として認められてなかったんだー」と思うものもあり。
「桔梗」の「梗」の字なんかは駄目なんですね。
そう言えば千秋の子どもは「苺」って付けられなかったんですよね。あと一年遅かったら付けられたのに………。
こうしてみると、小説や漫画のキャラクターって人名漢字を思いっきり無視して付けられているんだなー、と。


さて、今日はこれから先週途中になっていた「BAYSIDE SHAKEDOWN 2」を観ます。
世の中には、人にプレゼントをするのが好きな人がいます。
そのプレゼントを選ぶセンスがいい人がいます。

いいなぁ、と心から思います。


私にはそういうセンスがなさそうです。どうやら。

今更に始まったことではないのですが、家庭でも、友人の間でも誕生日プレゼントのやりとりは、こちらが良さそうなものを選んでプレゼントするのではなく、欲しいものを聞いて、それを買ってあげるという、合理的かつ味気のないプレゼント交換をしておりました。
大学生の時なんかは、仲良しの友達全員でお金を合わせて、高いものをプレゼントすることにしていて、たった一個のプレゼントしか貰えない、上げないということまでやっておりました。

確かに、自分としても確実に欲しいものが貰えるわけだからいいですよね。嬉しいし。
でも、びっくりすることはない。


そういうことをやってきたせいでしょう。
ここへ来て、どうしたらいいのかわからなくなっています。


ビーズアクセを作るのが、ちょっとした趣味になっている最近なのですが、ようやく友達からリクエストを受けるよになりました。
「これこれこういうのが欲しいの」「わかった」
と、引き受けるのはいいけど、自分の腕と作りたい理想と現実が上手く組み合わさらない。
作ってみたはいいけど、やっぱりイメージが違うとか。

センス無いなーと、思わざるを得ない。

自分のものを作るのはなんてことないんだけどなー。いくらでも作れちゃう。

いやはや。人の好みでものを作ってあげるというのは難しい………。
でも引き受けたからには頑張りますよ!


今日もアンケート返信。
アンケート及び、コメントありがとうございます。
ロク、良かったねぇ。いやもう、ホントにしみじみとそう思いましたよ。とことん報われない役回りだから………。気に入って貰えて良かったねぇ。票は少ないけど、次点だからねぇ。もう一人の主人公の筈の勇也を差し置いて。
TOPが和希なのは変わりありませんが、次点がロクなのにはびっくりしました。一途なのが良いのでしょうか。意外です。でもイイヤツですよね。私も好き。
今日は新しく月森君が入っていましたね。コルダキャラから一番に入ってきたのは月森君でした。これも意外。どこまで頑張ってくれるのでしょうか、彼は。
日焼け止めを塗った腕から香る匂いに、ああ、夏だなぁって思う。


梅雨入り宣言した途端、晴天が続くのは例年通りですが。
今日はまた暑かったですね。というか、暑いです。現在進行形です。
暑さに、私のノートPC(4年目に突入)のファンが音を立てて回ってます。
こういうところにも夏を感じますね。


ふと気づけば、机の片隅に既読本が高〜く積み上げられていました。
先月の頭までこまめに読書日記を書いていたのですが(非公開)、2年弱続いたその習慣も最早面倒くさくなった模様。
どうも読むスピードと、書く気力が反比例するようで。
でも、せっかく続けたんだしという勿体ない気持ちが、なかなか本棚に本をしまう方向へと持って行かせてくれないようで。
いい加減、決心して本棚にしまわなければ、雪崩が起きる。間違いなく。
とはいえ、本棚へしまうのも一苦労。
何故なら、文庫に至っては、一段に三列詰め込んでいるんですよ。
しかも本好きのこだわりから、ちゃんと出版社別なので、最奥の列にある出版社もあるんですよぅ。
前のを引っ張り出して、押し込んで並べて、また元に戻して………。

…………ああ、面倒くさい。
休みの前日の夜が幸せだってことは以前にも書いたことがありますが、それはやはり時間と気持ちにゆとりがあるから。

そんな時に、私はたまに経路の違うバスに乗ることがあります。
行き先が同じでも、別の道を通るバスがある。
それはまっすぐ行くより遠回りだったりするので、普段そのバスを利用することはない。
(そもそもバスに乗ること自体少ないんですが。会社との往復は徒歩か市電です)
でも、金曜日の帰り道とかだと、翌日が休みだから少々疲れることをしたって平気。
そんなわけで、ふら〜っと乗ったことのないバスに乗って、知らない道を辿ったりしているんです。

特に徒歩ではその傾向が強いですが、知らない道を行くことがとても楽しい。
惜しいのは、それが日が落ちた後になってしまうので、周りがよく見えないことでしょうか。
ただでさえ、車窓の景色なんてあっという間に後ろに流れてしまうものだし。

じゃあ明るいうちに、例えば休日の昼間にやればいいと思うでしょ?
でもね、それは面白くないんですよ。なんとなく。

去年の事件から、まだ一年も経っていないのに。

どうして。

と、大人は口々に言う。
私も「どうして」と思う。

いろいろ思うこともあるけど、敢えて語らず。
ただ、一つだけ。

想像力を、持って欲しい。
抑毛剤があってもいいんじゃないか、と思うのです。

何に使うのかと言えば、もちろんむだ毛の処理です。
夏にならずとも思っているのですが、とにかくむだ毛の処理って面倒。
そもそも細かいこととか、根気のいる作業が苦手で大嫌い。
やってる途中で、投げやりになることもしばしば。

そんな時に、抑毛剤があればなぁと。

一回抜いたら、しばらく生えてこないといいのに。
それなら頑張るのに。

誰も考えないのかなぁ?
誰か発明してくれないでしょうか、真剣に。
絶対売れると思う、女の人に。
髭とかにも有効だったら、男の人にも売れるかも。

どうかな?
道を歩くとき。
私は前を向くか、空を見上げるかして歩いています。
足下不注意ですので、よく引っかかります。
何にも無いところでも躓きます。
ま、そんなことはどうでも良いのですが。

確かに、上を見て歩くこともあります。
私の視線は常にシャッターチャンスを狙っていますから。

でも、今日初めて気づいたんですよ。

会社からの帰り道。
少し高いところに位置している私の家がある辺り住宅群。
それが実は結構下からも見えていたことに。

今の家に越してきて、10年を過ぎました。
これまで一度も認識したことなかったんですよ!
生憎、高いところにある中でも、うちは低いところにあるほうなので見えなかったのですが。
うちの上にある家とか、一番高いところにあるアパートとか。
そういうのがまだ平地にいるうちから見えていたんですよ。
(そこを過ぎるとなだらかに道は傾斜し始めるのです)
ホントに今まで全然気づいていなかった。

なんというか、見ているようで見ていないこと、認識していないことってこんなところにもあるんだなぁと、思ったりして。
ついでに言えば、新しい発見も身近なところにあるんだな、とね。
知らずに過ごしてきて、別に不自由はないけれども、知らないのは勿体ないな、と。

あー、何か支離滅裂になってきましたが。
要は、自分が気づいていないことがあったことが驚きであり、同時に自分にちょっとショックを受けたってことかな。
同時に、そういう発見が出来たことはちょっと嬉しかったりもする。
こういうのを小説に生かしていける、と思うからね。
(実際生かすかどうかは別問題)


さて。
今日はこれから更新作業を行います。
ごはん前に全部済ませて(うちのごはんは8時だし)、あとはまた執筆時間に当てます。
ちょっと書くのが楽しくなってきたところなので。
眠いんです。


うかうかしていると明日になってしまいますワ。

さっきお風呂に入りながら、ぼんやり思ったのですが。

なんで、契約書ってあんなに堅苦しい言葉で書くんでしょうね?
消費者というか、客としても自分のために勉強して、ちゃんと読んでおかねばならないとはおもいますが、専門用語ずらずらで日頃使わないような言葉の羅列ってのは、すごーく不親切かと。
勉強が必要な契約書なんて、無意味じゃないかと。
誰でも解る言葉でわかりやすく。
そうすれば、契約に関するトラブルなんてもっと減るんじゃないでしょうか。
後から「そんなの聞いていない!」「契約書のこの部分に書いてあります。読んでいないほうが悪い」なんて、端から見たらおかしなやりとりもなくて済むでしょうに。

正直に言います。

勉強するのは大事だとは思いますが。
契約書の内容を読み解くのに、非常に時間がかかるのですヨ!
仕事上、契約書を交わすことがあるわけなんですが。
まずは当方が理解していないことには、どうしようもない。
いろいろ質問されて、答えられないじゃお話になりませんからね。
「読めばわかるよ」って、それなら最初からわかりやすい日本語で書いてくれー!


と、叫んだところで今日は終わり。